黄金蟲 これを見てごらん。 そう示された先には見るからに醜悪な飴色にすける体色の不恰好な生き物が丸まっていた。 なに、これ。何の幼虫? 気色の悪さに鼻白むと、幼虫じゃないよ。とかえってきた。 他に評しようのない見た目になにをいうのだとうろんげな眼差しを投げかけると、心得たとばかりにことの穂をつなぐ。 これはこのままで大人なんだ。幼形成熟といって、自然界でごく稀にあることだけれども昆虫では珍しい。これは一生を砂漠の地中で過ごす。 砂漠で? 虫が? 節のひとつひとつがまるで水袋のように丸まったその虫が砂漠で生きることが可能だとは思いがたかった。この虫ではないがかつて幼齢をへて成虫へとそだてた虫には水分は欠かすことができなかったはずだ。 水脈に近い土にわずかに含まれる水分で生きるんだよ。 でも……。 そんなものでは足りようはずがない。虫が生きるには水だけでは足りない。黒い腐葉土はたっぷりと栄養を含んでいるから虫のベッドになるのだと虫籠の底に敷き詰めた記憶がある。 これが、この虫の餌。 それは更に小さく丸まってそれこそ砂漠の砂粒のようだがもぞもぞと動くちいさな手足に生き物なのだとわかる。 なにこの白いの……虫? これが餌? そうこれがこの虫の唯一にして最高の栄養源。 でもこれ……。 大きさこそ異なるものの飴色の虫と白い虫は相似である。 こどもだよ。この虫はね、砂漠の砂に潰されないように自分の周りを糞で固める。巣を作るんだ。そして子どもをうむ。喰うためにね。これは喰われる虫の子ども。 土の中でどうやって繁殖するの? 子を産むには雌と雄その二匹が必要だ。 雄は必要ない。蟻や蜂と同じ。これは一匹で子を産むんだ。 でもそれじゃあ、増えない。雄はいないの? いいところに目をつけたね、雄はいるよ。これが雄。 それはなんとも奇怪な生き物だった。Vの字にくねるからだは、はじめ双頭の奇形かとおもったほどだ。しかし違いはすぐにわかった。眼球はV字の片側にしかついていない。反対の突起には尖った鉤のようなものがあるだけだ。雄といわれた幼虫はまるで別種の生き物ように見えた。 これ、なに? 雄だ。学者の間でも長い間別の生き物とされていたけれど、たしかに同種だよ。 違う。この頭の反対のこれは何? ペニスだよ。 聞きなれないその単語が男性器を示すのだということはうとい自分にもわかった。 これは彼が一生に一度母親に愛されるための器官。 母親? そうだよ。土の中で雄が出会う雌は自分を生んだ雌だけ。ならば交尾の相手は母親しかありえないだろう。一生くらい穴倉に閉じこもり自らの子を食いこと交わる。それは単性生殖といってもいい。有性生殖の名残のように雄を生み出すのは何故だろうね。雄の価値は自らを生み出した母親をただその肥大したペニスで悦ばすことだけ。 それって何の意味もない。 そうだね。ただ時折この閉塞した環境から逃げ出すものがいてまるでそれがはじめからのプログラムであるかのように反逆を企てる。それは百あるうちの一かニか。他のものがただ黙って母親の食卓にのるのを待つその横で糞尿で糊塗された壁を破り、逃走するんだ。 ほらごらん。 そういってぽとりとグラスに落とした。 水の中に落としてもこの虫は溺れない。自分の意思で気門を閉じることができるんだ。水流にのって逃げられるようにね。万あるうちのたった一つの幸運を掴んだものだけが他と交わり遺伝子をつなげる。それはまるで遺伝子それ自体が滅ぶことを恐れ虫の体を乗り物としているようだ。 ふうん。これは、その逃げたやつ? そう。逃げて人間に捕まった。 捕まえてどうするの、こんな虫。 食べるんだよ。砂漠で生きる人にとってはこの虫はとても貴重な虫なんだ。栄養価が高くておいしいのにめったに人の目に触れることがない。だから王様のご馳走なんだよ。食べてみる? それは生理的嫌悪を伴う提案であるはずだったが、甘い……。という囁きにつられるように手を伸ばしていた。母親に喰われるために生まれてきた虫。逃げ出してその先で人間にまた食われるのか。そうかんがえると複雑な気分だったが、こわごわと口に含んだ。 清水のような芳醇さ。蜂蜜のような甘さ。もっと透明で滋味深く歯の間でほろりと砕けた。 醜くとても美しい。絡み合う命。 050521 |
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