ある家族の死






その家の不幸は母親からはじまった。
病を患った母親が術中に死んだ。盲腸だった。
今ならば医療ミスを問えるところだが、当時の田舎では医者は神と同義語だ。
たとえ死ななくてよい母親を殺されてもなにもいえない。
そんな現実から逃れるように父親が酒びたりになった。
昼も夜もなく浴びるように飲み続け自分の小水の水たまりで眠りにつくこともよくあった。
一家四人母をなくし悲しいのは父親だけではなかった。高校生と中学生の姉弟はおのれらの悲しみをこらえてなんとか父親を立ち直せようとなみだぐましく支えたが、ある冬の夜父親は外に走り出たまま帰らなかった。
よく朝父親を探しに出た姉弟が見つけたのは橋桁にぶらさがる父親の姿だった。
発作的にか計画的にかはわからない。

首をつったのだ。
残されたのはふたりきりの姉弟姉は弟をかばい、弟は姉をかばあって支えあって生きた。
そのようなふたりはあまりにけなげでいとけなく、周囲のものは心打たれないではいられなかった。
だから数年後姉が望まれて花嫁となったのを喜ばないものはだれもいなかった。
幸せな結婚はみなに祝われたが、結末は望んでいた通りにはならなかった。
良家であった婚家では当然のように男子を望まれたが姉は期待通りにそれを産みあげることができなかった。
二度流し体を病んだ。病んだ姉に婚家は住みよいところではなかった。
「だいじょうぶ」とほほえみむ姉に弟はなんど歯噛みをしただろう。
姉の夫は優しい人間であったが、その優しさは優柔不断で己の母に逆らうことのできない優しさであった。
みなに優しい夫は姉以外の女にも優しく、やがてそれはおんなの腹に赤ん坊という形で宿った。
不貞不実を責めるのは簡単だったが、見事家の期待にこたえ丸々として健康そうな男子をうみあげた夫の愛人に逆らう気力を姉は持たなかった。
己の不実に後ろめたさを抱いていたかつての夫は金を包んでわたそうとしたがそれを断り身一つで実家に帰ったのはせめてもの矜持であった。
実家にかえされた姉はその心労のためだろうか。数ヶ月をすごしただけで病んで死んだ。
その死に際し別れた夫の子が腹にいたとかいう話だが、それは縁を切った婚家には伝わってはいない。
姉の死を切っ掛けに弟は行方をくらませた。
風の噂に結婚したと聞いた。
上司にみこまれそのひとり娘と幸せな結婚をした、と。
大方の人間はその噂が真実であればいいと願っていた。
その家族のたった一人の生き残った彼がしあわせでないなどとはいくらなんでもあわれである。
母を父を姉を失った彼が妻と温かい家庭を築き失ったものを取り戻すことをみなが願っていた。
しかし数年後、妻とわかれ彼はひとり廃墟同然の家にまいもどった。
かつては四人ですんでいた彼の家。
家にはわかれた妻が押しかけてきたが彼は決して家にはいれなかった。
泣きながら戸を叩く妻を締め出した彼が何を思っていたのかはじきにしれた。
ひとり残された彼も病んだのだ。
誰にもみとられることなく腐った畳みに血を吐いて死んでいたのを新聞屋がみつけた。
彼は死の瞬間何を思ったのだろう。
それは、やすらぎではなかったろうか。




H16.12.12
冬木精一










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