荒れの野少年






風が髪を嬲ってゆく。
肩で揃えられた毛先がヒースの穂先と同じ方向にたなびく。
少年は目を閉じている。
風の囁きに耳をすませているかのようだった。
風が届ける見知らぬ街角のもの売りの声、遠い異国の音楽。
白粉をぬりたくる女たちの嫉妬を買うほどに肌は白くしみひとつない。
男と呼ぶには幼すぎるその露になった輪郭にはやわらかな丸みがあって優しい。
紅を塗って荒らすことを知らないくちびるはどくどくとながれる血の色をうつしてあかい。
すうっと通った鼻筋は潰れたり上を向いたりすることはない。ともすれば女性的すぎる穏やかな容貌だった。
少年の身を包むのは薄い開襟シャツとぴったりとしたパンツ。
その髪の長さとあいまって胸の膨らむ前の少女にみえなくもない。
しかし少年が少女ではないことは一目瞭然だった。
かたく引き結ばれた口角がしめすものは少女にしては強すぎた。
そしてまた、閉じていた目が見開かれるとそれはなお一層顕著だった。
少年の瞳にたたえられているのは、澄んだ湖面にうつる空のごとき聡明さだ。
感情ではなく計算で動く狡猾さと、そしてまた地に足のつかないふわふわしたものを乞う相反したものがそこには横たわっていた。
少年はふるりと身をふるわせた。
寒さからではない。
寒さを覚えるのであればそもそもそんな薄着で荒れ野に出はしないだろう。
沈黙を打ち破って少年は髪を打ち払った。
「ぼくは、いこうと思うよ。」
そして誰にともなく呟いた。
「ぼくはとびたつ。軽やかに。誰にもぼくを縛ることはできない。」
少年の言葉に同意するようにシャツの胸のあたりがぽう…と燃えた。
少年が一言呟きを発するたびに、黒かった髪があかるさを増す。夜の黒から、荒れ野のヒースの色に。
「ぼくは、自由だ。」










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